親が亡くなる

それでも苦しい

息苦しさが続き、ついに耐えられなかったのか、
病院に連れて行って欲しいと言ってきました。
そして病院へ。
病院内を歩き回るのが辛そうでしたので、
車イスに乗ってもらい、押して回りました。
一通り検査と診察した後、「間質性肺炎」という事で変わらず。

医師が電子カルテに打ち込んでる文字が”stable”(安定)だった事を覚えています。
急に悪くなるものでもないが、良くなるものでもなく、
自宅で静養してください。といったお話でした。

帰宅して2,3日たったある夜だったか、
苦しくて耐えられないということで、病院へ。
既に診療時間も過ぎていましたが、
そこの病院は救急外来もあった為、そちらに連れて行く事に。

そして一回目の入院となりました。

明るめの病室で、息苦しいという以外は、まだ元気もありました。
酸素吸入器も付けていたかと思います。
鼻と口を覆うような吸入器ではなく、鼻の下にチューブを
貼り付けるものでした。

治療として効果的な方法は無いというような話でしたが、
ステロイドパルス療法を試すことに、

息が苦しい

父親を亡くすまで、亡くしてからの事を、自分の体験をぼちぼち書いていきたいと思います。
既に10年が経過しているので、記憶があいまいな部分がありますが、ご了承ください。
しかし、人間の記憶というのはうまくできていますね。
何もかも忘れずに覚えていては、悲しみや辛い事も消えずにずっと残ってしまいますので、、、

当時、父は80歳を超えていましたが、専門的な職業だったこともあり、
現役で仕事をこなしていました。
体力的には年相応で、健康食品やら健康法や、
普段から身体の事を気遣っているような人でした。

亡くなる半年程前からでしょうか、息が苦しいという症状を訴えていました。
父は腎臓が少し悪くなっていて、透析する程ではないです定期的に病院にかかっていました。
その時は、まだ自分で車を運転して病院に行くことができました。
同じ病院で、別途診察を受け「間質性肺炎」という診断が出ました。息苦しさの原因はそれだったようです。

仕事半分、自宅静養半分のような生活を続けてはいましたが、
相変わらず息苦しさは続いていたようです。
普段から少しでも体調が悪い時は、「体調が悪いんだ」というのを過大にアピールするような
人でしたので、本当は大したことはなくて、良くなるものだと私は思っていました。

ある時、病院でも測っているからと本人の要望で、パルスオキシメータ(血中酸素濃度を測る装置)
を購入しました。
具体的な数字は忘れてしまいましたが、正常値より低い数字を見て、
大げさに言っているのではなく「本当に苦しいんだ」というのをやっと理解した事を覚えています。

ちょっと脱線しますが、数値化してみるというのは、客観的に判断する上で大切なんだなと感じます。
体温だったり、血圧だったり、体重だったり、自分の健康に関する数字は簡単に測れるのですから、
常日頃気を付けておきたいものです。

相変わらず、息苦しさは続き、少々歩いただけで動けない程になってしまいました。。。